万物っていうのは、出会いと別れを繰り返すものなんだ。こんなどうしようもない、ヒモの僕が言うのも、恥ずかしい話なんだけどね。
 彼女が僕を撫でるタイミングは、だいたい、一日に四回あった。
 まず最初は朝、目覚めたときだ。彼女は眠そうな目をこすって、僕の、ちょうど顔の部分を触った。しばらくは、彼女は僕の前から動かない。まるで陽だまりの猫みたいに、ぼおっとして、時たま、へにゃあって笑いながら、朝の静かな時間を過ごす。でも、携帯のタイマーが鳴って、いよいよヤバいってなると、彼女は慌てて準備をし出して、そうして家を出る前に、もう一度だけ僕に触っていくんだ。名残惜しい顔をしながらね。
 彼女が仕事に行っているあいだ、僕は静かに家の中で待つんだ。なにせ、日銭も稼がず、彼女が働いてきたお金で動かせてもらっている分際なので、余計なことはしない。だから、彼女が仕事から帰って来て、そして疲労と悲しみで溢れた顔で僕を触りに来るまでは、じっと待つんだ。
これが、僕を撫でる三回目のタイミングだね。
 この時も、彼女はぼおっと僕の前で固まってしまうんだ。でもね、朝と違うのは、彼女の頭がまだ朝よりは冴えているってことだ。ぼおっとしながらも、彼女は今日の一日で起きたことを、まるで独り言のように話した。そりゃもう、いろんなことを。仕事の愚痴から、今日食べた昼ごはんのこと。千葉の実家からかかってきた電話のことも話したし、僕という存在がありながら、気になっている上司のことを話すときもあったな。
でも一番多いのは、寒さのことだった。
「そりゃもう当たり前なんだけどさ、北海道って本当に寒いよ」
「外に出たらさ、もう風も雪もひどくて」
「ご飯が美味しいのは嬉しいんだけどねえ」
「でもせっかく出張してくるのなら、冬じゃなくて、もっと温かいときがよかったな」
 もうこれは彼女の決まり文句だった。
 そして、最後には絶対言うのだ。
「こんなに辛いけどね、でも君がいてくれるから生きていけるよ」
 まったく、どうしようもないヒモ男にずぶずぶと沼ってしまう女子のお手本のようなセリフだなと僕は思う。
 彼女は一通り僕の前で独り言を話したのち、ようやく僕の前から離れる。化粧を落とし、簡単な夕食をすませ、お風呂に入って、そして眠る前に、もう一度僕を撫でていく。これが四回目。
 そして彼女は放課後のカーテンのように、長い眠りにつく。まあ、長いって言っても、六時間とか七時間とかだけど。そしてまた目覚めて、僕を触るんだ。
 こんな日々が、いつまでも続けばいいなって、思う。
 でもね、こんなヒモみたいな僕が言うのも恥ずかしいんだけど、万物っていうのは出会いと別れを繰り返すものなんだ。
 いつまでも同じ関係ってわけにはいかない。
 北海道の三月はまだ寒い。四月の上旬になっても、こっちはまだ桜が咲かなくて、それから二週間ぐらいすると、ようやく温かくなってくる。
 彼女も気分がいいみたいだった。
 でもそうなると、僕は用済みだ。
 よく晴れた五月の休日に、彼女は、唐突に、「お別れだね」と言った。
 もちろん、部屋に置いてもらっている身の僕からしたら、反論なんてできるわけがない。寂しいし、悲しいけれど、でも受け入れなくちゃならないんだ。
 まるで部屋の隅の段ボールに入れられたような気分だった。

というか、僕は部屋の隅の段ボールに入れられたのだ。

 でも、しょうがない。さっきも言ったけれど、万物は別れと出会いを繰り返すものなんだ。
 また半年もたてば、彼女は僕に会いに来る。そして一日に四回、僕の電源を入れたり消したりする。

 恥ずかしい話、僕は照れ屋だから、彼女に触られるとすぐに熱くなってしまうんだ。