紅葉の季節。札幌駅からバスに乗り、石山通りをひたすら真っ直ぐ進むと到着する定山渓の温泉街。
OLの千春は自身へのご褒美ということで一人温泉旅行にやってきた。女性限定の高級旅館に泊まり、エステ、美食、温泉三昧でのんびりとした休日を過ごすつもりだ。
チェックイン時間よりも早くついてしまったため、温泉街にある無料の足湯に浸かっていた。
「はー……極楽」
お湯はじんわりと暖かい。膝から下だけでも温泉に浸かるだけでもこんなに気持ちがいいものなのか。
惚けていると、誰かが入って来る気配を感じた。
「あ、ごめんなさ……」
足湯に浸かっているのは千春一人だったため横長の座席の中央を陣取っていた。
人の気配を感じ、彼女は慌てて謝りながら視線を動かした瞬間絶句した。
「……は」
瞬きを一つ。
緑色の体。背中に背負った甲羅。可愛らしいつぶらな瞳。黄色いくちばし。頭に乗ったトレードマークの皿。
「……か、っぱ?」
新たな客はなんとカッパだった。
見間違いではない。千春の隣には確かにカッパが気持ちよさそうに足湯に浸かっていた。といって、体が小さいため足先しか浸かっていないが。
定山渓温泉にはカッパのゆるキャラがいたはずだが、どうみてもこれは本物にしか見えない。
「あの……旅行ですか?」
千春は何を血迷ったかカッパに声をかけた。
河童はちらりと千春を見て、違うと答えるように首を横に振った。
「もしかして……ここに住んでるの?」
二つ目の問いにカッパは頷いた。確かこの近くに河童淵というところがあったはず。そこに住んでいるのだろう。
するとカッパは君は、とでもいいたげに千春の目をじっと見つめている。
「あ……私? 私は、温泉泊まりにきたんです。初めての一人旅で」
千春は札幌市民であり、旅という割には距離が近すぎるけれど。
それでも一人で温泉に泊まるなんて初めての経験であり、楽しみでもあったが少しだけ緊張していた。
千春が答えるとカッパは嬉しそうににこりと微笑んで、背中の甲羅の隙間からなにかを取り出しそれを千春に差し出した。
「……これ、くれるの?」
差し出されたのは真珠のような綺麗な小粒の石。
恐る恐るカッパを見ると、彼はゆっくりと頷いた。
「ありがとう」
指先でそれをつまむと、カッパは自分の尻を指差す。
もしかしたらこれが噂に聞く尻子玉、というものなのかもしれない。
その後、千春はカッパと一緒に足湯に浸かりあまりの気持ち良さにうとうとと居眠りをしてしまった。
「……っ」
はっ、と目が覚めて慌てて横を見ると既にカッパの姿は消えていた。
「……夢、だったのかな」
あれは夢だったのだろうか、と思ったが手の中には先ほどカッパがくれた小さな石が握られていた。

この話を友人や親に話しても、疲れて幻覚でもみたのだろうと誰も取り合ってくれなかった。
けれど、カッパの贈り物は確かに今も存在していて御守り代わりに肌身離さず持っている。
初めての一人旅での不思議な出会い。一生忘れられない良い旅の思い出である。