どこまでも続く晴天に、負けじと輝く積丹ブルー。
そして、その2つを天地で繋ぐ様に聳える神威岩。
俺達は今、壮大な景色を最大限に楽しめる特等席に居た。

傍らに居るのは、辞令で北海道へ転勤となった先で知り合った恵美。
この3年間色々あったけど、楽しかった思い出ばかり。
そんな恵美との関係に決着をつける為、俺は今日彼女をここまで連れて来たのだ。
周りには誰も居ない。まさに絶好の舞台だ。

大学の時1人旅で来たこの神威岬でいつか、と思っていた事がまさか叶う事になるとは思わなかった。
いや、まだ叶うと決まった訳では無いが。

そして、いざその時になると心臓の鼓動が早まって来た。
「重要な話をしたいから神威岬に行こう」と言った時から恵美は固い表情で言葉少なに付いて来たが、俺の思惑を察して、彼女もまた緊張しているんだろうか?

だが、今更後には引けない。決心はした。勇気を出せ陽介。
震える右手を内ポケットに忍ばせる。
さあ、今だ!

「恵美っ!俺と…」
「酷いわ…」

顔を上げた恵美の輪郭には、瞳から流れた2本の筋が真っすぐに伝っていた。

「えっ!?恵美!?何で泣いて…」
「この場所でする重要な話なんて1つしか無いもの…やっぱり嫌っ!聞きたくないっ!」

恵美は顔を左右に振ると、振り返りもせずに元来た道を去ってしまった。
恵美の行動の理由が分からず呆然とその場に立ち尽くしていると、不意に後ろから男の声がした。

「ハハハ!全力で走って行ったねえ!」

声のトーンでバカにされたと気付き、文句を言おうと振り返ったが、その男の風体に度肝を抜かされる事になった。
男は手頃な岩の上に足を組んで腰掛け、こちらを見てクスクスと笑っていた。
甲冑に身を包みながら。

「あ、あんた一体…」

思わず指をさして驚く俺に、甲冑の男はどこ吹く風で語り出した。

「別れ話だと勘違いしたのさ。そういう場所らしいからな。知らないかい?」
「は……?何だって…?」
「ここには、大昔にとある恋人同士が悲劇の別れを遂げた悲しみの地っていう伝承があるんだよ」

初耳だ。
思えば1人旅で来た時は道すがら偶然立ち寄っただけで、歴史なんて知りもしなかった。
そうか、生まれも育ちも北海道の恵美はその事を知って……

「安心しなよ。それ、嘘っぱちだから」
「え?嘘?」
「ああ、旅立つ寸前の男に追いついた女。2人は抱き合い、無事出発して目出度し。伝承ってのも困ったモンだねえ」
「あんたさっきから一体何を言って…」
「好き同士に障害無し!全くもっていい世の中だ!」

男が大きく口を開けて笑った瞬間、突如として一陣の風が吹いた。
反射的に閉じてしまった両目を開けると、甲冑の男は跡形もなくその姿を消していた。

そう言えば、岬には俺と恵美以外誰も居なかった筈だ。
あの男は何者だったのだろう。
快晴の空とは裏腹に、晴れようの無い疑念を抱えながらトボトボと岬の入り口まで引き返して来た時、露店の店主から声をかけられた。

「おい、兄ちゃん、さっきのカップルだろう?女の子が泣きながら走って行ったが何かあったのかい?」

一瞬言うべきか迷ったが、俺は包み隠さず話す事にした。
あの甲冑の男の事も。
すると店主は驚くべき言葉を発した。

「はは!そうかい!もしかしたら義経公が見るに見かねて出て来たのかもしれないね」
「義経公?ってあの…源義経?」
「ああ、その義経公だ。この岬に纏わる伝承は義経公とアイヌの娘の話だからね。兄ちゃんが言う様にハッピーエンドだったらいいな!」

店主は俺の言葉をまともに受け取ってはいない様だった。
それもそうだ。
 
だが、あの男がもし本当に義経だったら…
障害の無い世の中、か。

「ん?兄ちゃん。あっち見てみなよ」

店主が言う方向を見ると、バツの悪そうな顔をした恵美が立っていた。
色々と勘違いさせてしまったみたいだが、恵美との間に障害は無いと信じている。

俺は恵美に向かってゆっくりと歩みを進めながら、懐にある指輪の箱に手をかけるのだった。