北海道は弟子屈町にある摩周湖。
 世界でも二番目の透明度を誇る美しい湖で、北海道遺産にも認定されている。
 『霧の摩周湖』という歌が作られるほど、一年の多くを霧に包まれる湖。滅多にその全貌を見られることがないため、様々な言い伝えがあるのだ。
 その中で最も有名なのは、『晴れた摩周湖を見ると婚期が遅れる』だろうか。
「……また、晴れてる」
 数年ぶりに訪れた摩周湖。空は綺麗に晴れ渡り、眼前に広がる湖は水面まではっきり綺麗に見えている。
 私は晴れた摩周湖しか見たことがなかった。
 今まで三度訪れたことがあるが、そのどれもが快晴。ある意味の奇跡だ。
「ふっ……これでまた婚期が遅くなるわけですか」
 あっという間に三十を過ぎ、そろそろ両親にも結婚をとせがまれているものの長らく彼氏すらできていない。
 晴れた摩周湖の呪いにかかり、婚期がどんどん遅れていっている。
 呆れ果てて失笑しつつ、遠い目で湖を見下ろしているとふと、頭上に雲がかかった。 
「……へ?」
 晴れ渡っていた空にかかり始める雲。
 摩周湖周辺は天気がかなり変わりやすい。みるみるうちに曇り始め、湖に霧がかかり始める。
「……はじめてみた」
 ようやく見られた霧の摩周湖。その美さに目を奪われていると、隣から声をかけられた。
「凄い霧ですね」
 歳が近い男性。今来たのか、感激した様子で湖を見つめている。
「今まで晴れてたんですよ。私ずっと摩周湖にくるたび晴れてて……霧がかかったのはじめて見たんです」
 つい感動が優ってしまい、初対面の人に色々と話してしまった。
「……っ、すみません。なんか一人で話しちゃって」
 顔を染めると、彼は爽やかにいいえ、と笑う。
「……もし、よければお茶でもしながらお話ししませんか?」
 ナンパのつもり、なんですけど。と彼はナンパ男らしからぬ様子で照れ臭そうに頭を掻いた。
 その笑顔に目を奪われた。これが一目惚れというやつなのだろうか。
 はたと霧の摩周湖のもう一つの言い伝えを思い出す。
「カップルで摩周湖を訪れて、霧で湖面が見えなければ、関係が長く続く」
 決してカップルではないけれど、もしかして彼は運命の人なのではないのだろうか。
 そうして私たちは摩周湖でしばらく語り合い、連絡先を交換するまでに至った。
 
 数年後、また二人でこの地を訪れることを当時の私たちはまだ知る由もない。