東京駅20番線ホーム。それは東日本を縦断する長い旅の始まりの場所である。朝6時を過ぎたばかりでも人が絶え間なく行き交うそんな場所で、俺は買ったばかりのコーヒーを握りしめていた。

「安田、北海道は初めてか?」

 営業という仕事柄旅に慣れている先輩――大倉の問いかけに、俺は慌てて頷く。

「そうっすね。今まで一番北に行ったの、たぶん那須です」

「東北もないか」

「はい。大倉さんは北海道何回目でしたっけ」

「これで15回目らしい」

「もう北海道のプロっすね」

「日帰りもあるけどな」

 俺――入社してようやく1年経った安田と、入社3年とは思えない貫禄の大倉さんが北海道に向かうのは、お得意様へのご挨拶と新規商品の案内のためだ。

 千葉で育ち東京で就職した俺は今まで旅行なんてしたこともなく、修学旅行は京都と沖縄。那須に言ったのも絶叫マシンが目当てで、観光らしいことは一切していない。

 一方大倉さんは社内にいるよりも出張している時間のほうが長いくらいの旅慣れした営業マンだ。大倉さんのスーツケースは本当に小さくて、ついさっき俺は待ち合わせ場所で目を丸くした。俺もいつか小さめのスーツケースで日本中を飛び回る日が来るのだろうか。

「弁当2個買っといたほういいぞ。新函館北斗で乗り換えて函館に行ったらすぐ挨拶回りだ」

「追加買ってきます!」

「俺のはいいからな」

「了解っす!」

 すぐさまキヨスクに行きカルビの文字が目立った弁当を買った。腹が減っては戦はできぬし、腹が減っては営業もできない。大倉さんの教えだ。

 素早い会計のおかげで3分もせずに大倉さんの元へ戻ると、ちょうど車両がホームに滑り込むところだった。緑の車体はつやつやと輝いている。同じ車両に乗るらしい外国からの観光客が嬉しそうにカメラを向けてシャッターを何度も切る。

「人気なんすかね、はやぶさ」

「俺の甥っ子も好きだぞ。靴下もTシャツもはやぶさ仕様だ」

「年令問わず国籍問わずってすげーっすよ」

「ちなみにいつかはやぶさに乗って北海道に行くのが夢らしい」

「……おじさん、夢に先乗りっすか?」

「ずるいって泣かれるから今日の予定も今までも全部言わないようにしてる」

 するりと音もなく空いたドアに対し、雑音混じりの放送が入る。それを合図に様々な人間がはやぶさに乗り込んでいく様子は、これから長旅が始まるということを自分に言い聞かせているようだった。

 会社の事務方が予約してくれた席は二人がけの列で、俺はすぐに大倉さんのスーツケースを荷台に載せた。その後に自分のスーツケースも載せて、通路側の席に座る。大倉さんはもう机を準備して弁当を広げていた。その脇には小さめのペットボトルの烏龍茶がある。そういやこの人、コーヒーはあんまり好きじゃないって言ってたっけ。

「焼売弁当いいっすね」

「安定安心だな。ところでお前海鮮系の弁当買ってないだろうな」

「うなぎ弁当とカルビっす」

「……まあセーフだな。サーモンいくら弁当買ってたら笑うところだった」

「さすがの俺もそんなバカしませんよ!」

「どうだかな」

 パキン、と割り箸がきれいに割れる。今のうちに弁当を1つ食べて、昼の到着前にもう一つ食べるとちょうどいいらしい。俺も先に買ったうなぎ弁当を食べることにした。そのタイミングではやぶさがじわりじわりと東京駅から離れていく。

「この後上野と大宮でしたっけ」

「ああ。その後はお前が行った那須も通り過ぎて仙台。あとは岩手と青森の駅にいくつか止まって、津軽海峡の下を通ったら北海道だ」

「……マジで海の下通るんすか?」

「そうだ。案内されるからわかりやすい」

「へえ……」

 窓の外の景色はまだ代わり映えしない。でも、これから約4時間後、このはやぶさは海を越えて北海道へ到着する。

「仕事ってわかってるんすけど、楽しみっす」